高校時代、アルバイト先のレンタルビデオ屋さんに、Tさんという先輩がいた。Tさんは近所の大学に籍を置いていたのだが、大学に通う素振りはまったく見られず、とはいえバイトもろくずっぽきちんと来ず、いっつも夜中になってふらっとやってきて、煙草をふかしながら無愛想な態度で、何にも口をきかずにCDを聴いていた。高校生だった僕にとっては、とにかく怖い存在だった。
ある日の学校帰り、僕は横浜そごう内に設置されたスタジオスペースに足を運んでいた。そこでは毎週、大貫憲章が司会のTVKの音楽番組の公開生放送をやっていて、インターネットもない時代、暇で暇でお金のない僕にとって、その番組は貴重な音楽情報ソースだったのだが、そこでアルバム「wish」を発表したキュアーの特集をやっていた。ロバート・スミスが人形みたいな素振りで歌っているビデオを見てたら、頭の中をピリッと電気が走った。
番組がおわり、その足でバイト先に向かい仕事をしていると、偶然TさんのCDラックからキュアーのCDを見つけた。どうせまだ出勤しないだろうと、勝手に取り出して聴いていたら、その日に限ってTさんが定時にやってきた。「ヤバイ」と思って急いでCDを止めたが、店中にCDが流れているので、ばれているのは明らかだった。
いつもどおり無愛想に「・・・おい。」とTさん。TさんのCDを勝手に聴いていたので怒られる、と思ったのだが、取り繕うように僕は「実は今日、大貫憲章がこのバンドを紹介してて、勝手に聴くのは怒られると思っていたけど、どうしても聴きたくなった」という旨を半ば半べそで伝えた。無愛想にキャスターマイルドを一服ふかすTさん。ヤバイ、殴られる!
「・・・かっこいいよな?このバンド」冷たく流れる沈黙を破ったのはTさんだった。「俺はね、この曲が好きなんだ」とCDをトレイに載せて「キャタピラター」を聴かせてくれた。普段絶対見れないようなやさしそうな表情だった。マジで殴られるんじゃないか、と思っていた僕は、まだ緊張しつつも、僕が今日聞いた曲はこういう曲なんだけど、と鼻歌を歌ったら「それは『ボーイズ・ドント・クライ』っていうんだ。」と他のCDを取り出して聴かせてくれた。
その日からTさんと仲良くなった。僕が知らないいろんなバンドを教えてくれた。原付飛ばして一緒にライブにもよく行った。かっこいい洋楽を教えてくれる、いとこの兄ちゃんみたいな存在だった。
それから数年後、Tさんが大学を卒業して就職で田舎に帰ることになり、バイト仲間でささやかな送別会を行った。「これ、やるよ」とTさんは僕にキュアーのベスト盤を差し出した。僕と初めて打ち解けた日のことをTさんは覚えていてくれたと思い、僕はすごくうれしくて、明け方のファミレスでちょっと泣いてしまった。
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アルバムが発表されるたびに、ファン、そしてメンバー本人たちから解散が囁かれるキュアーの13枚目となるニューアルバム。
プロデューサーはKORN、スリップノット、アット・ザ・ドライブ・インなど一連のへヴィーロック勢を手がけたロブ・ロビンソン。なにやらロブ本人が大のキュアーファンだそうで、猛烈なラブコールを1年近く送っていたところ、出不精で知られる御大ロバート・スミスの繊細なハートを動かしたらしい。
キュアーにとってこのプロデューサーの選択は正解だったようで、へヴィーロック張りの生々しい重厚感のあるサウンドワークが印象的な1曲目「ロスト」(←号泣・失神・そして失禁必至!)や、往年の名曲「ネヴァーイナフ」を髣髴させる高揚感のあるファーストシングルの5曲目「ジ・エンド・オブ・センチュリー」、ヒリヒリするような感覚で綴る大作「ザ・プロミス」など、ロバスミ独特のどろどろした感情がより浮き彫りにされていて、結成25年にしてセルフタイトルという意気込みも納得。
結局前作「bloodflower」で果たせなかった来日公演を、今回こそは実現してほしい所存。
【業務連絡】
久々にライブやります。予約特典でDieちゃんのミックスCDあげちゃうよ。
ハジメマシテ。
MKさんの所から来ました。
「ロバスミとテリー・ホールの声、似てるよね。」の者です。
このエピソード、イイ話ですね。
まさに「ボーイズ・ドント・クライ」な話。
では、また来ます。